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受け止められなかった現実
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いつかの想い

ささいなケンカ。
俺が仕事を始めてから、少しずつケンカが増えてきた。

付き合いだした時から、彼女に近づきたくて精一杯背伸びをしてきた。
高校生と社会人という壁。
仕事を始め、社会的責任を持ち、同じ場所から二人の未来を見たかった。
ただの自己満足だったと、今は思う。

これは個人的な事なんですが、車の運転を彼女にさせるのも嫌でした。
あの頃はバイク乗ってたし、車買えるほどお金は無かったので、デートはいつも彼女の運転。
デート代出すって言っても、割勘か次のデートの時に奢られる。
ちょっと嫌だった。
見栄っ張りな私。




3回目の8月8日。
「3年目になるしペアリング買う?」
って話をして、今でも行っているアクセ屋に。
ちょっと彼女の様子が変だったんですが。
「これにする~?」
と聞くと、店を出てしまいました。
店の人に謝って、急いで後を追いかけて
「また今度にしよ」
ってカフェへ。

これだけは、未だに何故だったのか分からない。
あんな金属一つに縛られたくなかったのかな?
プレゼントしたネックレスやブレスはしてくれたのに。
私もそこまでペアリングに執着してなかったから、それ以上聞きませんでした。
と言うか正直「じゃ今度でいっか」くらいにしか思ってなかった。




劇団の合宿と銘打って、お盆の季節に長野県に毎年避暑に行きます。
その帰り、ホントにくだらないことでケンカ。
今回は1ヶ月くらいケンカしてて、舞台が終わるまでケンカ。

どうやって仲直りしたか覚えてないけど、誕生日は一緒に居たから仲直りしたんだと思う。
舞台もあって忙しかったし、彼女の仕事も忙しかったから、近場で夜ご飯食べただけだった気がする。
この時は父親の車借りて、私の運転。




私の人生を変えた10月14日。

私は職場から帰宅途中、交通事故に遭いました。
これはもう起きてしまったし、今更どうこう言うつもりはありません。
自分も悪いし。

幸い後続車に轢かれたりせず、頭は打っていなかったので、大腿骨の骨折と他何箇所かの骨折。
左腕に凄く痛みがあったけど、その内ひくだろうと思っていました。
会う医者には「死んでるか、下半身麻痺だよ」とよく脅されました。
事故に遭って3日くらいはICUの1個下のランクの部屋に居ました。
あそこは怖かった。
周りが…。
孤独感もあったから、痛みも凄くて。
2日目か3日目あたりに彼女がお見舞いに来てくれました。
結構酷い有様だったらしく、母親も結構酷いと言ってたみたいで、実際に生きてる私に会って、安堵と色々で泣いていました。
心配かけちゃったなと後悔。

普通の病室に移ってからは、忙しい仕事の合間を縫ってよく会いに来てくれました。
彼女の疲れが分かってしまい、ホントに辛かった。
私は、大腿骨が変な風にくっつかないように引っ張ってて、ベットに貼り付け。
会いに来てくれるのに、抱きしめてあげることも出来ない。
見送りもできない。

手術をして、大腿骨に髄内釘という棒を差しました。
これで寝たきりとおさらば。
3週間くらい寝たきりで、久しぶりたった時はフラッシュバック。
立つって凄く疲れる。
車椅子で移動するようになって、ようやく彼女を見送りに行ったり出来るようになった。

でも、腕の痛みは取れなくてMRIやCTで見てもわからない。
「もしかしたら神経を損傷してるかもしれないから、ここじゃなくて浜松の医大の教授が専門だから」
ということで診察してもらう事に。

年が明けて1月5日。
診察を受けて、教授に
「なんでもっと早く来なかった」
と、怒られました。
それと
「多分障害が残るから、覚悟はしてください」
まだ19歳だった私。
ただただ泣いているだけだった。
理解できなくて、理解したくなくて、泣いている私。

入院中はずっと泣いてたな。


「すぐ手術だ」という事でしたが、なかなか手術室の予定が空いていなくて、1月の25日に。
検査があるから1週間前に入院。
彼女には
「遠いし、かなり大きい手術になるから俺が落ち着いたら連絡するから来ないで」
と告げました。

なかなか検査から痛いもので、凄く怖かった。
ちょっとグロいけど、背骨に電極刺すとかやばいよ。
まじ泣いたからね。
見えないところで作業される恐怖。
痛みはもう覚えてないけど。

手術はかなり長い時間かかりました。
いろいろな事一緒にやらなきゃならなかったのですが、予定よりかなりオーバー。
病室に戻って、少し目が覚めた時に見た、両親の焦燥と安堵の表情。
親不孝だなと思いながら、意識が薄れていく。

次に目が覚めたのは、強烈な吐き気。
夜通し吐いていました。
でも術後なので、水も飲めない。
長い夜でした。
吐き気が収まると、次は激痛。
麻酔が切れて、胸がすごく痛い。
これは1週間くらい続いて、夜寝れなかった。
起きるのも厳しくて、ご飯もろくに食べれない。
そんな状態で彼女に会えない。

ある程度痛みに慣れて出歩くようになった頃、彼女が来ました。

ホントはまだ会いたくなかったけど。
でも嬉しかった。
こんな遠くに、舞台の練習や仕事だってあるのに。


やっぱり会うのはよくなかった。

左胸にある傷。
左肩だけ痩せてるから、病院服だとはだけやすくて結構傷口が見える。

それを見た彼女の目。
「痛そう」の言葉。

すごく切なかった。
その場に居たくなかった。

ただの反射的な言葉だってわかってた。
でもすごく悲しかった。


それから、彼女に会うのが怖くなった。
自分と向き合う時間も欲しかったから、連絡を取らなくなった。
自分のことでいっぱいいっぱいになった。
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